春の野遊び〜蘇州銘茶と出会う旅


銘茶碧螺春(へきらしゅん)

碧螺春(へきらしゅん)の原産地は蘇州市太湖の洞庭山にあり、1000年以上の歴史を持つ。唐王朝時代には碧螺春が宮廷茶として納められていた。高級な碧螺春は0.5KGの茶葉で6~7万個の若葉が必要となる為、とても貴重である。

碧螺春の由来は、遠い昔に一人の尼さんが洞庭山へ春旅に訪れ、生の茶葉を乾燥させお茶を淹れたところ、その香りがあまりにも素晴らし過ぎた為、「怖いほど良い香り」とつぶやいたという逸話から、人々はこのお茶を「怖い香り」と呼ぶようになった。清王朝の康煕年間に康煕帝が蘇州へ巡遊した際に、このお茶を飲み褒め称え、これほど良い香りのお茶の名前が「怖い香り」とは似合わないと、その茶葉の形が水中の青螺に似ているので碧螺春と命名し毎年宮廷に納めるようにと命じた。

洞庭山春の野遊び

洞庭山は蘇州南西部の太湖の隣に位置し、東洞庭山(東山)、西洞庭山(西山)二つの山で構成されている。山と川で作られたその秀麗な風景は、蘇州の庭園、古都にもう一つ魅力な観光名所となっている。

洞庭東山(とうていひがしやま)

東山は太湖中央へ伸びる半島で、三方を湖で囲まれている。古い街並み、建築物を遊覧し、民宿に泊まって、新鮮な果物狩りがここでの楽しみ方。

碧螺春の主な産地の東山は、茶畑が湖側の坂に分布し、初春二月頃(清明節前)の茶葉は最も貴重で、茶摘みをする女性達は、青地の花柄の春衣装を着用し、器用な指で素早く若葉を摘み取り、あっという間に笊が茶葉をいっぱいにしていく。摘み立てのお茶の若葉は当日に熱処理、揉みなどの工程を経って、螺旋状の白い産毛の立っている碧螺春の新茶が出来上がる。この出来たての碧螺春茶を入れ、お茶の薄緑色と新茶の良い香は気持ちを落ち着かせてくれ、東山の美しい春景色をあわせると、幸せな気分になれるだろう。

東山は歴史も古く、歴史上も多くの皇帝や将軍、有名文化人がここへ訪れ、たくさん名所遺跡を残した。古民家(白の壁に青黒ぽい瓦)エリアは地面が石畳で作られた通り(千メートル程)とその両側の34本の古路地がそのまま残されている。この路地はほぼ昔の様式が保存されており、神技で作られる「彫花楼」、山と川に囲まれている「関系庭園」、明代から残された建築物「楠木庁」等など、多くの観光スポットがある。

陸巷古村(りくこうこそん)

東山の陸巷古村は明王朝時代宰相「王鰲」の故郷で、建設されたのは南宋時代であり、村内に六本の古き路地があるため、この名前を名付けられた。(中国語では「陸」が数字の「六」の代わりにもできる)。村中に解元、会元、探元(「解元、会元、探元」は全て明王朝時代の国家試験で上位にランクインした方々の名称)を迎えるための飾りアーチと明代の古き路地と約30軒の明清時代の建築を残されており、江南(長江より南の地域)では珍しい「明清建築博物館」とも呼ばれている。

彫花楼(ちょうかろう)

彫花楼はもともと東山の富豪「金錫之」の私邸である。1922年に建設され、完成まで三年間と建設費用3741两の黄金(現在約6千万円)が投入された。彫花楼はレンガ、木材、金、石、泥塑全ての建材に絶妙な彫刻が入っており、「全てが彫刻」という言える程度である。

香りで人を酔わせる碧螺春、山水繋ぎの秀麗な景色、多くの遺跡以外に、東山は食材の豊富でもある。新鮮な魚やエビ、農家が作るオーガニック野菜、東山の水で作られた豆腐など舌を楽しませてくれる。東山には都会からスローライフを求めて移住して来た人が営む民宿、レストランもたくさんあり、その人々と多様な生活スタイルについてお喋りしたり、東山地産のおいしい食事も楽しめる。

洞庭西山(とうていにしやま)

半島の東山と違って、西山は中国淡水湖にある最大の島である。東山と同じく、秀麗な山中に古い村落、民宿などが隠れており、東山と異なる雰囲気を醸し出す。

2月〜3月頃が洞庭西山へ訪れる最適な季節ーー梅の花を楽める、この時期は観光客で混むのが唯一の注意点。西山に梅が植え始められたのは唐王朝時代からで、一番盛んだったのは明清時代で、すでに500年ほどの歴史がある。現在では梅林面積が4200亩(2.8平方キロメートル)。西山梅園は山の形に沿って梅を植えられており、曲がりくねる細道が梅の間を突き抜けて伸びている。梅林の中には、太湖石と楼台や庭園で飾り付けられ、一味違う雰囲気を感じさせてくれる。

今年、蘇州へお越しの際は、庭園、運河だけではなく、この仙境のような洞庭山へ足を伸ばし、春の蘇州銘茶と出会う旅をしませんか。