海辺で暮らす二、三の事柄

連雲港は黄海の岸辺の都市で、江蘇の一番美しい海岸と砂浜を持っている。この都市は、山と海がつながり、城と山がつながっているという不思議な特徴がある。歩くたびに、まるで神話仙境の中を行ったり来たりするようで、市井に足を踏み入れて、濃厚な人情味はまた人を夢中にならせる。

雲霧をかき分けて山海を見る

朝日が窓から降り注ぎ、朝の息吹が真正面から感じられ、小鳥がキューキューと鳴き、窓の外を飛んでいき、遠くは雲霧に包まれた海上雲台山である。一日の計は朝にありと古人は言った。そこで、私達は朝日の中で、山頂に向かって出発した。

歩いて山に登ってもいいし、私たちと同じようにシャトルバスに乗って、山道をぐるぐる回って登ってもいい。途中は風雲と連れ合い、そしてすべてのエネルギーを雲の上の風景に残す。山では鳥が鳴いたり、虫が鳴いたりして、木には朝の露がかかり、空気がこの上なく新鮮であった。新ユーラシア・ランドブリッジの東端の起点は連雲港で、コンテナは至るところにつり上げられて貨物輸送が止まらなかった。雲の上ではどの角度でも、ふもとの港を一望することができる。この光景を初めて見た人は、忙しい港と静かな山林が隣り合わせているということが、いかに奇妙であるかを感じる。

車で下山する途中に3つの停留所があり、一つずつ停まり、法起寺、悟道庵と陶淵明文化園に行って、人文歴史の薫陶を受けることができる。しかし、徒歩で下山するには別の選択肢があり、元の道に戻る以外にも東から下山することができ、連雲港旧市街に到達することができる。山のふもとにあるこの建築群は、港と海上雲台山の過渡である。旧市街には濃厚な民国の風情が満ちて、石畳が交互に敷かれ、山に沿ってゆっくりと上がっていき、隣接する店舗ではそれぞれ特色ある商品や本格的な軽食が売られていて、天秤棒を担いで、その場で自分で採れた果物を売っている人もいた。自然と工業が交わるこの場所には、そんな生活の息吹があることも、とても心温まる存在である。

海風に乗って波を踏む

次は本物の海辺である。港から在海一方公園まで、途中で果てしない海が見えるが、美しい海景は連島以外にない。在海一方公園では、子どもを連れて水遊びをしたり、スコップを持ってきれいな貝殻を掘ったりする保護者が多かった。それからバスに乗って、西の土手に沿って連島に上った。連島は純粋な景勝地だと思っていたが、実は元漁民もいた。村は原始的な漁村の姿で、赤い壁と白い瓦の家々が並んでいる。家の前で涼んで世間話をしている村人たちと、水着を着て浮き輪をつけている人たちと鮮やかなコントラストを成していた。

連島観光地に入ると、目に入るのは大沙湾であった。見渡す限りの海面が空に接していて、靴を脱いで柔らかい砂を踏んで海に向かって歩き、打ち上げる波しぶきと鬼ごっこをした。連島の砂浜が続いていなく、蘇馬湾に行くには5キロメートルの海浜桟道を通って、観光バスに乗ってしょっぱくて湿気った潮風を感じなければならない。蘇馬湾は大沙湾よりも山を背にして隠れていて、誰もここの存在を知らないような気がした。ふと浜辺でホイッスルの音が聞こえ、孔雀の群れが山から飛び下りてきた。ちょっと壮観な視覚的体験は、思わず「孔雀東南飛」という詩を思い浮かべさせた。夕陽が西に沈んでいき、温度がだんだん低くなり、浜辺の物寂しさが人を襲いかかってくる。その時、缶ビールを二本持ち、親友と砂浜で膝を突き合わせて語り合っていると、寒さを感じず、ただ暖かさを感じた。

旧市街のカラフルな夜

夜のとばりが降り、砂浜はすでに夜に包まれていた。賑やかさが次第になくなり、人煙もだんだん少なくなり、人々はみんな市街地へ向かった。その時の市街地は、賑やかであった。昼間の民主路と塩河巷は、特色ある民国風情の街である。前者には100年の老舗が集まっていて、中高年を中心とする骨董愛好家がここで交流し、商売をしている。塩河巷は商店街で、若者に人気のショッピングスポットである。塩河巷は塩河のそばにあり、街には製塩、塩の運搬についての彫刻小品が連雲港の塩業の歴史を示している。夜になるとテーブルと椅子が街に運び出され、前列に新鮮な海鮮がずらりと並び、夜の生活が始まった。人声が沸きたち、大勢の人がにぎやかに酒を飲み、連雲港の夜とともに、言葉を全部飲み込んだ。

山林の中に宿す

腹鼓を打った後、休みの時間になった。賑やかな街を離れ、山の中の宿城へ向かった。宿城は雲台山のふもとにある町である。陶淵明はかつて兵を率いて宿城虎口嶺に至り、道沿いの桃花の林、畔が縦横に走っている田園生活の風景を見て、この経験を今も語り継がれている「桃花源記」と書いた。宿城の八間房は当地の最も特色のある民宿の一つで、山の勢いに沿って建てられ、当地の山民の石垣瓦屋根を改造したものである。各庭は隣り合っていて、それぞれ離れている。玉石の舗装された小道が家々の前まで続いている。窓の後ろは山で、庭には花が咲き、門の前には水があった。水車は水の流れに沿ってぱらぱらと回って、古い石臼は道の中に敷かれ、花壇に積まれ、テーブルの上にはめ込まれていた。また、群れた陶壺は積み重ねられ、色とりどりの塀を形成して、まるでロマンチックな伝奇的な物語を語っているようである。木戸を開けて、「自宅」の庭に入り、小さな平屋で静かな夜を過ごし、雲台山の新鮮な空気を吸い、宿城のロマンチックな昔話を聞き、だんだん眠りについた。ここは海とは2キロメートルしか離れていないのに、波が砂浜を叩く音が聞こえてきそうで、潮風が顔を濡らしているような感じがした。寝ようと思っていたのに、桃源郷にいて眠れなかった。