運河の都ー徐州にある悠々たる古韻

京杭大運河は中国の大地に横たわる太い血管のような存在である。世界最長の人工の水路で、万里の長城と並び、中国古代工程の二つの奇跡とされている。徐州は京杭大運河の中枢として、沿岸の八つの省や都市の中で運河の流れが最も長い都市である。また、大運河の長い歴史の中で、大量の文化遺跡がこの地域に残され、徐州は悠然と流れる運河の畔にある繁栄の地となっている。

窯湾古鎮

窯湾古鎮は徐州の新沂市の南西側に位置し、西側に大運河が流れ、東側には駱馬湖がある。古鎮は三方向が水に囲まれ、美しい自然景色に恵まれ、千里の大運河の畔に嵌められた真珠のようで、1300年の時の磨きを受け、今も光り輝いている。

窯湾古鎮は唐の初期に建てられ始め、大運河がそばに流れているため、京杭大運河の主要港の一つとなった。漕運や塩産業が盛んだった古代の窯湾古鎮は街中に店が並び、賑やかで、多い時期には布店、質屋、銭荘などの店舗は360軒あまりあり、運河沿線の重要な商品集散地であった。全国各地の商品は窯湾港を通して南北に行き渡り、南洋や台湾、日本など遠い地域まで届けられた商品もあった。現在の窯湾古鎮は昔の姿がそのまま保存され、明、清の時代の老街の両側に、黒いレンガに灰色の瓦の楼閣など、約800軒の古民家は運河沿岸に生息している庶民の物語を語りかけている。街中に作坊(仕事場)、紺屋、商店、会館など様々な場所があり、「黄金水道金三角」と「小上海」と呼ばれている。

呉家大院は窯湾古建築の代表であり、300年以上の歴史を有し、古鎮に最も完璧な姿で残された古民家である。呉家大院には四つの庭があり、作り方にはこだわりがあって、華やかに建てられている。そのほか、趙信隆醤園という店は、これまで400年近くの歴史があり、ここの醤(味噌)、甘油は清の時代から皇室御用達の調味料と指定され、その名は長く世によく知られている。

運河の水は窯湾を潤わせ、窯湾も大運河をより輝くように際立たせ、運河文化を伝承し続けている。

戸部山歴史文化街区

戸部山は運河とともに現れ、運河とともに賑わい、大運河文化帯にある貴重な歴史・文化の遺跡であり、徐州約2000年の歴史が脈々と蓄積されている。清の役人や裕福な商人たちは山を囲んで様々な構造の大きな家宅を建てた。山頂にある戯馬台は「徐州第一の有名な古跡」と呼ばれている。景勝地にある古代建造物は古めかしくて風格があり、西楚の覇王と呼ばれる項羽の隆盛な時期の証拠にもなり、各時代の文人たちが歴史探しにやって来た有名な場所でもある。

良い状態で保存された明、清の建造物群、交差する老街、黒いレンガ・瓦などは徐州の西楚文化や運河文化の歴史変遷の縮図であり証拠でもある。これまで保存された10箇所の古民家は、昔、それぞれ一つの苗字を絆として家族を結びつけた。余家大院、崔家大院、鄭家大院、翟家大院、劉家大院など立派な家宅が建てられ、今でも整然とした姿で古風に満ちている。その中で散策すると、タイムスリップして、過去の歳月に戻った気分になる。

千年の時は悠然と過ぎて、戸部山歴史文化街区に溶け込んでいる漕運文化は、時代の流れとともに、庶民の生活と融合しながら、運河の伝説を記し続けている。